andon – 011

Andon – 011

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 012

Andon – 012

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 013

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 014

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 021

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

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ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 023

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 024

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 025

andon – 025

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 031

andon – 031

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 032

andon – 032

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 033

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 027

andon – 027

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

andon – 026

andon – 026

ずっと昔、ひっそりとした旅館に泊まった時、部屋の片隅に静かに佇んでいた行燈(あんどん)に気が付いたのは夕暮れ時に火が灯された時でした。行燈の和紙を通したふんわりとした柔らかいあかりが気分を癒してくれたように思います。「日本のあかり」というと提灯(ちょうちん)のイメージがありますが、行燈は江戸時代の頃から日本人の生活の中で多く使われており、日常生活のあかりとしては、生活の道具の中心を成していました。

その日本人の生活のあかりを現代の空間の中にもう1度取り戻すことは出来ないかとずっと考えて来ました。しかし、古い伝統のあるものを現代のものに置き換えることほど難しいことはありません。形式やしきたり、基本的な作りや素材などの伝統というルールがあり、そのルールを逸脱せずに、現代に合う新しいものを作るには、先ずは古いもの、伝統や作り、素材をしっかりと守る必要があります。その条件をクリアした上でないと、日本の伝統を継承した新しいものにならないと考えました。

菜種油や蝋燭のあかりを使った行燈や提灯を「灯火器」と呼びます。その言葉は日本的で情緒的な響きを持っており、そんな言葉に合う佇まいの現代の灯火器となる「行燈」を目指しました。そのような行燈を製作する上で大切に考えた事がいくつかあります。ひとつは、室内に詩的な陰翳をもたらす柔らかいなあかりを作り出すために、伝統の本質に根差した手漉き和紙を使うことです。

美濃和紙といっても機械で作られたものから、全ての工程を手づくりで行うものまで幅広くあり、今回は美濃和紙の伝統を実直に守りながら、手漉き和紙を作り続けている職人の和紙を使わせてもらいました。和紙の原材料の中でも最高級の那須楮(なすこうぞ)を使い、美しい和紙になるまでの多くの工程を根気よく、長い時間を掛けて丁寧なものづくりを行っているコルソヤードの澤木氏に、私たちの製品のための美濃和紙を漉いてもらいました。火種となった菜種油や蝋燭の光量は、現代の照明の50分の1くらいの明るさだったようです。和紙越しの炎を再現するために、フィラメントを使った従来型の白熱球を調光して光量を落とし、消滅するほんの少し手前の仄かな赤い炎のようなフィラメントのあかりが行燈には欠かせません。

携帯して移動することが出来る充電式や消費電力を抑える現代の流れに逆行することになりますが、フィラメントの白熱球で調光器を使い、行燈のあかりのボリュームを調節できて、炎の光のように和紙を透過する柔らかな温かみのある灯を何よりも大切にしました。使う場所や用途によって光の量を調節することで読書灯としても、室内の間接灯としても、玄関や廊下、ベッドサイドなど様々な場所で使えるあかりを優先しました。もうひとつは、多くの行燈の資料や古道具屋から探してきた実物の行燈から、私たちが作るべき現代の行燈の在り方として、木材を使用した製品とすることです。

名古屋行燈のような鉄のフレームの行燈も魅力的な行燈の在り方だと感じましたが、現代の居住空間の中で自然な佇まいとして空間に馴染む素材として、無垢の木材を使用することにしました。元々行燈は電源コードやケーブル、調光器などを入れる場所などない、とてもシンプルな構造で出来ています。そこに電源ケーブルやソケット、調光器が露出しては美しい行燈にはなりません。そこで、2本脚の行燈の底の高さ30ミリ程の中に調光器をインセットして固定する必要がありました。調光器を収める部分だけ杉の無垢材を手作業で薄く削って寸分の逃げもなく調光器を行燈の台の内部に収めています。

また、その台から立ち上がる白熱球のソケットまでは、10ミリ角の杉材2本が火袋や行燈の本体を支えています。その10ミリの角材の内部をケーブルが通るような道筋を削り、ケーブルを敷設した上から杉の無垢材で蓋をして全てのケーブルが露出しないように製作しています。新建材は一切使用せず、杉の無垢材を昔の行燈と同じ指物師が金具や石油系接着剤も使用せずに、昔ながらの工法によって丁寧に鉋(かんな)で表面を仕上げ、全ての工程を手作業で行うことで、この行燈に現代へ受け継ぐ息吹が宿りました。この指物師の仕事は現代の効率優先のものづくりとは逆行した手間を掛けたものづくりですが、それ以上の価値を生み出しました。

きっと、数十年、百年を超えて、時間と共に本体の木組は味わいを深めた美しい表情を増していくことでしょう。この繊細で高度な仕事は、2人の親子2代に渡る腕のいい指物師の存在がなければこの行燈を完成させることはできませんでした。構造となるフレームは極限まで細くし、現代の空間の中で杉材の繊細な線と手漉き和紙が重なることで、全体の存在感から重々しい重量感を軽減し、現代のどのような生活空間に自然に佇む姿にすることが出来ると思います。行燈のあかりがあることだけで、懐古的な趣ではなく、その空間に新鮮な現代の日本の空気が漂うことを期待しています。

Taiyo

かつて日本は「日出ずる国」と呼ばれていました。日本人が信仰する神道のシンボルである太陽が水平線から昇り、水面から離れる一瞬の姿を形に表した照明がTaiyoです。

日本に古くから伝わる灯火具の一つに、竹ひごと和紙でできた提灯があります。蝋燭を灯したまま持ち運ぶことができ、使わない時にはコンパクトに折り畳めます。約400年の歴史を持つ茨城県水戸市に伝わる水府提灯の職人と1300年の伝統を受け継ぐ島根県の石州和紙を使った照明を作りました。もともと水府提灯には同じ茨城県に伝わる丈夫な和紙が使われていますが、新たなものづくりの可能性を見出したく、今まで接点のなかった異なる2つの産地の組み合わせによって生まれたプロダクトです。

水府提灯は、昔ながらの竹ひごと和紙を用いた手づくりの製法を続けている数少ない産地です。現代では効率と精度を上げるため、鉄線や樹脂に紙を巻いたひごが多く使われています。それらは均一で細く、きれいなひごの影を作りますが、竹ひごはひごの影に表情が表れ、提灯全体に柔らかな印象を生みます。

石州和紙は、原料である楮を同じ地域で栽培している唯一の地域です。楮を甘皮ごと使用することで生成色を帯び、強度があるのが特徴で、その強度を活かして襖の下張りや文化財の修復に使われる和紙です。

薄い和紙は光源が強くなり、厚い和紙は光が火袋全体に回りません。また、楮の繊維が多すぎると民芸品的な要素が強くなり、繊維が少ないと強度がなくなり、チープな印象が出てしまいます。厳選した和紙を選定することで、伝統的な素材と工法にモダンな要素を共存させました。

堅牢な作りを誇る水府提灯と大きなサイズの和紙を漉くことができる石州和紙だからこそ、これほどまでの大きな提灯を作ることができました。自然素材と日本の伝統から生まれた光の造形がモダンな空間を照らし、豊かな情景を生み出します。

Tourou

灯篭は神社の参道の入口で守り神の狛犬と共に本堂までを導く道の両側に配置されている石の照明です。多くの石灯篭は、上部が火袋という火を灯す大きな部分と細い支柱で構成されており、その形状をイメージした和紙の照明です。デザインはプロダクトデザイナーの長谷川滋之氏にお願いしました。彼は灯篭の持つ意匠の特徴を和紙と言う素材と岐阜の伝統的な提灯の製法を融合させ表現しました。岐阜出身のデザイナーであり、アメリカやシンガポールでデザイナーとして活躍し、日本のものづくりを俯瞰して見つめる長谷川氏の誠実な人柄が製品のデザインに現れています。

Tourouの素材である手漉きの美濃和紙は職人のコルソヤードの澤木氏にお願いしました。長谷川氏と付き合いの深い2人がお互いのものづくりとデザインをリスペクトして生み出された製品です。製造は岐阜提灯メーカーの大手である浅野商店です。工芸品に造詣の深い浅野社長を始め、担当者の方々や伝統工芸士の技術があったからこそ、この製品が存在します。

提灯の骨組みとなるひごは、昔は竹でしたが、最近では繊細で正確な形を成形することができるペット樹脂に和紙を巻いたものを使用しています。そのひごを提灯の型に螺旋状に巻き、経験値の高い女性の職人さんたちが和紙を1枚1枚丁寧に貼り込んでいきます。和紙を通した柔らかな灯りとスパイラルに繋がっていくひごのラインは、提灯が持つ特別な美しい灯りの在り方です。提灯は手持ちの行燈として江戸時代から使われてきた日本独自の照明器具で、軽量で、使わない時にはコンパクトに折り畳める機能も提灯の良さです。

Tourou にはデスクトップやサイドボードに置ける小さなサイズから、和室やリビングに置ける中間のサイズ、そしてフロアスタンドとしての使用を想定した大きなものまでの4サイズとペンダント1サイズを用意しました。大きなサイズのフロアスタンドはまさに灯篭と呼べるような存在感です。これだけ大きな提灯の照明を製作するには、和紙の貼り込みにとても高い技術が必要なのは言うまでもありません。

スパイラルに続くひごの細く繊細なラインに美濃和紙を通した柔らか灯りはTourou全体を浮かび上がらせるようなシームレスな表情が空間にも透明感と柔らかな表情を作り出します。和紙の貼り合わせの重なりを出来るだけ小さくすることで、Tourou全体に一体感を創造しています。

現在の提灯の需要は盆提灯が中心となっています。お盆になると仏壇の両脇に置かれる盆提灯は故人や祖先を偲ぶ、日本の夏の懐かしい情景です。日本には祖先を大切に想うお盆と言う習慣が今も残っていますが、お盆に提灯を灯す家庭は今では減少するばかりのようです。

イサム・ノグチのAKARIは、彫刻家としてのノグチがあらゆる提灯の造形を模索して完成させたあかりの芸術作品であり、永遠の日本の照明です。提灯をテーマにして照明をデザインする時、AKARIの存在があまりにも大きく何もできませんでした。しかし、そのような特別な存在としてではなく、もっと現代の居住空間に馴染む、シンプルで現代的でありながら、簡潔なデザインの中に繊細なディテールの提灯の照明を作りたいと考えました。無数のひごが描き出すホリゾンタルラインと、きめ細やかな和紙を通して溢れる灯りは、凛とした静の趣きを生み出します。

バーティカルにそびえ立ち上部にボリュームを擁する外観は、灯篭のような剛健な静の佇まいと同時に躍動感さえ感じさせる、動の印象をももたらします。

岐阜県美濃市では1300年以上に渡り紙漉きの技術が伝えられてきました。コルソヤードの澤木氏による本質を追求した手漉きの和紙は、原料の精製に始まり、紙漉き、天日干しまで、想像以上に多くの手間と時間を掛けて生み出されます。

Kiku no Hana

雪洞型のシェードとベースを火袋として繋ぎ、円柱形の支柱も杉材と美濃和紙を張り込み、照明の光源は雪洞の下部に取り付けて、雪洞のシェードとスタンドが一体となって柔らかなあかりを放つようにしました。また、白熱球を使うことで蝋燭や菜種油の火に近い、燃えるようなあかりになるように調光機能を付けています。暗い空間の中に浮かび上がる菊の花のような、新しい雪洞の在り方に挑戦したものです。中心に向かって集まる杉材のフレームが日本の菊の花のような印象となるように、製品名もKiku no Hanaとしました。

フロアスタンドのKiku no Hanaは、雪洞型のペンダント照明Botan no Hanaを開発する中での新しい発想から生まれた照明です。雪洞型のシェードは杉材のフレームを極限まで細く、僅かに肩が張り出た形状にすることで、モダンな印象のシェードへと形を整えた照明ですが、このペンダント照明をスタンド型にするとどのような可能性があるのか、何通りかのパターンと素材で考えました。 はじめはステンレスのベースにペンダント照明のシェードを取り付けフロアスタンドにすることも考えましたが、杉材と美濃和紙と金属との相性はあまり馴染みません。そこで、これまでの日本の伝統的な照明器具にはなかった意匠を発想しました。

Botan no Hana

全体の形状は伝統的な雪洞照明の緩やかで円弧の形から、現代的な空間の中で決して日本的になりすぎることのないように、和紙を通した電球のあかりが空間の中に日本的且つ現代的で新鮮な空気を生み出すことを目指しました。杉材のフレームは少しだけ肩を張るような曲木のラインを作り、従来の癖のない形に現代的なエッセンスを加えました。しかし本質的な雪洞照明の全体感を失わないように、基本的な素材と組み方にこだわりました。これまでの歴史の中で、最も細く杉材のフレームで製作した雪洞照明となりました。その杉材の細さが照明全体の繊細な雰囲気を生み出していると思います。ここにも指物師の高度な技術力と新しいことに挑戦する気持ち、そして美濃和紙職人の誠実な仕事から生まれた和紙の美しさが生み出すアンサンブルだと感じています。

近頃では旅館に泊まらなければ、なかなか出会うことができない雪洞(ぼんぼり)照明を、杉の指物によって枠を作り、美濃の手漉き和紙を張り込んで作りました。現在、伝統の雪洞照明のほとんどは京都で作られています。その雪洞照明は杉材で作られていますが、ペンダント照明として使われるようになったのは、ロウソクや菜種油の行燈が無くなって電気が普及した大正、昭和初期からではないかと考えられています。

歴史的にはまだ新しい時代に作られた照明ですが、その雪洞が作る空間の雰囲気は日本のあかりとしての雰囲気と独自性があり、特別の佇まいがあります。その雪洞照明を名古屋の指物師と、美濃和紙職人が作る和紙によって作りました。この雪洞のペンダント照明が現代の居住空間の中に溶け込みながら、さらに伝統的雰囲気を超えた新しい現代の空間の中に、日本独自の雪洞の持つ和紙照明のあかりの優しさと意匠としての現代的な存在感を表現したいという思いがありました。これまでの雪洞照明との違いは、フレームとなる杉材の細さです。

これまでの一般的な雪洞のフレームの幅は7~8ミリだったのですが、この雪洞照明のフレームは幅5ミリまで細くしました。フレームを細くすることで形状を保つことが困難になるため、杉材のフレームを極限まで細くするために、杉材の幅と奥行の関係の極みを探りました。また、幅5ミリの杉材のフレームに和紙を張り込むには両側からの和紙は2.5~3ミリで正確に張り込まなければなりません。ひとつの雪洞に和紙を張り込むだけで3~4時間の時間を要します。曲げ木で湾曲した雪洞の内部に和紙を正確に張り込み作業は、実に根気のいる仕事です。

bisque

bisqueという名のペンダント照明を東京都江戸川区の「へら絞り」の技術で金属を成型する工場で製作しています。「へら絞り」とは金属の平板を回転させながら、金型を土台にしてへらと呼ばれる棒で職人が力を入れて金属板を金型に押し当てながら同心円の立体物に成型してゆく、手づくりの金属加工技術です。宇宙開発のロケットの先端部やパラボラアンテナなどの様々な分野でへら絞りの技術が使われています。一つひとつ手加工のため大量生産には向きませんが、複雑な形状も職人の手によって成形することができる技術です。

bisqueは英語で「素焼の陶磁器」という意味があります。へら絞りをしたアルミの本体は白い素焼の陶磁器を思わせる肌合いにしたいと思い、塗装職人によって、薄くて軽いアルミの素地を吹き付け塗装で仕上げてもらいました。1.2~1.5ミリの薄いアルミの板を成型することで、ペンダント照明としての軽量化が実現し、最大サイズでも家庭用のシーリング金具で充分可能な重量になりました。私たちが製品を作る時、始めに形やデザインから入ることはほとんどありません。ほとんどがものづくりとの出会いがきっかけとなり、製品づくりが始まります。

初めてこのへら絞りの工場を友人の紹介で訪れたところ、そこでは沢山の金型によって様々な製品が作られていました。工業用の排水管のパーツや駅にあるような大きな時計のフレーム、橋や寺社の欄干にあるブロンズの擬宝珠などがありました。その中でも私たちの目に留まったのが、ブロンズやアルミでできたクラシックのオーケストラで使うティンパニーと言う打楽器の大きな本体でした。このティンパニーの金型を使用してペンダント照明ができないか相談し、まずは試作に入りました。このサイズの大きな金属板を鉢状に加工できる職人はこの工場でも体力があり、経験値の高い40代の1人の職人しか加工できません。最も難しいのはペンダントの先端の細く尖った部分の加工で、僅かな力加減で歪みが出ないように力の入れ方を細かく変えながら成形していきます。特にブロンズやステンレスの金属はそれぞれ硬さと重さに違いがあるため、同じ形であっても加工する力加減と使うエネルギーが違ってきます。大きな銅板を深く絞るには、テコの原理に加えて技術の正確性と全身のバランスをヘラの先端に伝えて加工する技術が必要になります。当初はティンパニーの原型をそのまま利用して、ブロンズとアルミの2種類のペンダントを製作しました。

ブロンズは内側をブロンズそのままの表情を残し、外側をグレー色で塗装、アルミは外側を鏡面ブラックと鏡面ホワイトの2種類で塗装して、ティンパニーの形のままで試作して、展示してみたのですが、何かが違うと感じていました。金型の原型をオリジナルで製作すると、大きなものでは1型数百万円の初期投資が掛かります。思えば近年のものづくりの問題は初期投資の課題と販売数量のバランスでビジネスを成立させるために、物の本質はなおざりになり、形式的な効率とデザインという妄想が先行しています。効率と利益優先の世の中となった近年では、人々の日々の生活の中ではデザインもプロダクトも表面的な新しさやコンセプトが重視されてきました。そして、私たち自身も気づかないうちに物や人間の生活の本質を見失いかけていたのかもしれません。

ティンパニーの金型をそのままで使用することは、製品の進化とそのアイデンティティーにとって、私たちがこれまで作ってきたものづくりの考え方に反するために、ティンパニーの金型を使用しつつも、私たちのエッセンスを付加した製品本体の80%はティンパニーの金型から、残りの20%は私たちで金型を作り、組み合わせた形状の製品づくりを目標にしましたが、1つのコンプリートな製品を2つの金型で絞り、それを繋いで製品を一体に仕上げることが今回の最大のテーマを目指しました。でした。最終的に、全5サイズを用意したbisqueの中でも大型ペンダントは楽器のティンパニーの金型を活かし、他のサイズはオリジナル型で製作しています。へら絞りだけでなく、陶磁器や漆器の木地の轆轤、ガラスの宙吹きなど、日本の物の作り方には、轆轤や回転させて成型する考え方が古くから多用されていることが分かります。

Nude

透明ガラスの白熱球の光は調光で色温度を下げてゆくと次第にフィラメントの形が現れ、明かりが消える寸前には火が燃えるようなオレンジ色へと変わります。トーマス・エジソンが1879年に発明した白熱球は長い間、近代文明の発展を支えてきた存在であり、時代が変化してもなお変わることのない存在として、人々を照らし続けてきたのがフィラメントを光源とした白熱球です。しかし近年はLED照明の発明と普及によって、この白熱球は消滅してゆく運命となりました。  

私たちはこの照明としての機能性だけでなく、白熱球のフィラメントの美しさや乳白色の白熱球の持つ温かな色温度に魅力を感じています。また、フィラメントを包むガラスのバルブの形も魅力的です。水の雫が落ちるような薄いガラスの製作は、昔は下町のガラス職人たちの仕事でした。繊細で薄いガラスを通して光を放つ白熱球と一体となり、シェードなどの付属物のなく余計な装飾を排除した、シンプルで普遍的な電球用のペンダント照明を作りました。

ソケット部を内蔵したシリンダーはクロームメッキを施してすっきりとした印象にしています。また、電球のコードを吊りもとにするのではなく、天井に取り付けるシリンダー型のカバーから細いワイヤーを吊ることで製品に緊張感を生み出しています。複数個並べて使用することで美しい光の連続性を作ったり、単体で静かな佇まいを作ることもできる、究極なまでにシンプルさを求めたペンダント照明です。

Synchronicity – Floor light


LNL-01 / LBL-01 フロアライト

シンクロニシティとは共時性、同時代に同じようなことが起こるような現象のことです。この共時性という現象が常に日常的に私たちの周辺で起こっています。同じような顔をした、同じような人間が地球上のどこかで同時代に生まれ生きているように、私たちの日常の中にシンクロニシティは起こっています。

私たちが15年前から製作してきたシンプルな照明器具を新しいデザインに変えようと何度もリニューアルを試みてきました。初めに発表した照明器具は、簡潔性を極めた無駄な要素を全て削ぎ落したデザインと機能性を持つ製品として、15年以上に渡って製作してきました。現在に至るまで新しい存在感を持つデザインと機能性に挑んできましたが、結局は初めのデザインへと戻ってしまうのです。そして、また同じ処に戻ってきたのが、このSynchronicity。共時性という名のベーシックな照明器具は今も同じ佇まいで存在しています。


LNL-02 / LBL-02 フロアライト

Synchronicity – Floor arm light


LNA-03 / LBA-03 フロアアームライト

シンクロニシティとは共時性、同時代に同じようなことが起こるような現象のことです。この共時性という現象が常に日常的に私たちの周辺で起こっています。同じような顔をした、同じような人間が地球上のどこかで同時代に生まれ生きているように、私たちの日常の中にシンクロニシティは起こっています。

私たちが15年前から製作してきたシンプルな照明器具を新しいデザインに変えようと何度もリニューアルを試みてきました。初めに発表した照明器具は、簡潔性を極めた無駄な要素を全て削ぎ落したデザインと機能性を持つ製品として、15年以上に渡って製作してきました。現在に至るまで新しい存在感を持つデザインと機能性に挑んできましたが、結局は初めのデザインへと戻ってしまうのです。そして、また同じ処に戻ってきたのが、このSynchronicity。共時性という名のベーシックな照明器具は今も同じ佇まいで存在しています。


LNA-04 / LBA-04 フロアアームライト

Synchronicity – Low floor light


LNM-03 / LBM-03 ローフロアライト

シンクロニシティとは共時性、同時代に同じようなことが起こるような現象のことです。この共時性という現象が常に日常的に私たちの周辺で起こっています。同じような顔をした、同じような人間が地球上のどこかで同時代に生まれ生きているように、私たちの日常の中にシンクロニシティは起こっています。

私たちが15年前から製作してきたシンプルな照明器具を新しいデザインに変えようと何度もリニューアルを試みてきました。初めに発表した照明器具は、簡潔性を極めた無駄な要素を全て削ぎ落したデザインと機能性を持つ製品として、15年以上に渡って製作してきました。現在に至るまで新しい存在感を持つデザインと機能性に挑んできましたが、結局は初めのデザインへと戻ってしまうのです。そして、また同じ処に戻ってきたのが、このSynchronicity。共時性という名のベーシックな照明器具は今も同じ佇まいで存在しています。


LNM-04 / LBM-04 ローフロアライト

Synchronicity – Table light


LNT-03 / LBT-03 テーブルライト

シンクロニシティとは共時性、同時代に同じようなことが起こるような現象のことです。この共時性という現象が常に日常的に私たちの周辺で起こっています。同じような顔をした、同じような人間が地球上のどこかで同時代に生まれ生きているように、私たちの日常の中にシンクロニシティは起こっています。

私たちが15年前から製作してきたシンプルな照明器具を新しいデザインに変えようと何度もリニューアルを試みてきました。初めに発表した照明器具は、簡潔性を極めた無駄な要素を全て削ぎ落したデザインと機能性を持つ製品として、15年以上に渡って製作してきました。現在に至るまで新しい存在感を持つデザインと機能性に挑んできましたが、結局は初めのデザインへと戻ってしまうのです。そして、また同じ処に戻ってきたのが、このSynchronicity。共時性という名のベーシックな照明器具は今も同じ佇まいで存在しています。

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